9月のパリ paris en septembre 

 

私が初めてパリに行ったのは、だいぶ昔の話です。ちょうど今頃の9月。少し肌寒く少しずつ木々が色づき始めてくる頃でした。
画像はルーヴル美術館を見渡せるパリ市内最古の公園、チュイルリー公園です。行ったことがある方も多いと思います。その時撮った写真は今でも大切に飾っています。

paris-Louvre.png

*チュイルリー公園

私の初めてのパリは、本物を見たい欲求からでした。
その頃都内の某所の「シャトー」と呼ばれるフレンチレストランで、スタッフの一人として花を活けさせていただいていました。

本場フランスから運んできた石材で出来たそのシャトーに足を踏み入れるたび、本物が持つ素材の凄みで毎回体が震えあがりました。白い螺旋階段を駆け上がり、美しい装飾の手すりを目をやり「はあ〜 美しい」と心の中で叫びながらため息をつきながら2階の踊り場に花を活ける準備をします。

奥には厳しそうな表情のくるりんと跳ね上がった髭を蓄えたシャトーを取り仕切るフランス人、maître d’hôtel(メーテル・ドテル)が控えています…。緊張しながら室内装飾が発するエネルギーを胸いっぱいに吸い込むと、活ける時間は至福の時。

文字通り心も震わせながらそこで過ごす時間は仕事なのか、自分の欲望なのか分からない幸せな時間。この世に神様がいたとしたら、神様と繋がっていると思える時間でした。

ある時慣れてきた頃、メーテル・ドテルが金髪の(青い目だったような)フランス人に変わりました。雰囲気におののきながら、”Bonjour!!”と声をかけると、微笑みながら”Bonjour!!!”と応えてくれました。乾燥しやすい空間で「お花が1週間枯れませんように」と祈るような気持ちでたっぷり水をあげていると、あげすぎで素晴らしい木の床材にチョロチョロと水が!!

「気づかれませんように…」とふと後ろを振り返ると、メーテル・ドテルと目が合いました。「ああああ、ごめんなさい!」と謝ると、「OK!」と優しく一緒に雑巾で床に溢れた水を一生懸命拭いてくれました。

「神様は本当にいるかもしれない」と思ったのはその時です。(笑)

それ以来、私の中にはさらにフランスへの憧れが募り、本物のフランスに会いに行きたくなりました。友人のMさんと食事をするたびフランスのことを熱く話していると、彼女が「もしよかったら、パリに親族がいる人を知っているからそこで過ごせるか聞いてみましょうか?」とまた生きた神様の声が私の元に届きました。

こうしてある晴れた日、9月のパリに到着しました。

サンジェルマン通りの奥にひっそりと建つオスマン様式の美しいアパルトマンは生きたアンティーク。大きな木彫りのドアを開けエレベーターがないため、(今度は本物のフランスの)階段をまた駆け上がり、貴族の血を引く美しい家族の元へ短期滞在しました。

ある夜、通りが騒がしく「どうしたのですか?」とママンに尋ねると、「またいつものデモだわ。」とため息をつきました。私が「何でデモが起きるのですか?」と伺うと吐き捨てるように「知らないわよ!」と言ったきり何処かへ行ってしまいました。

その時には理解できなかったことが、今では分かるようになってきました。繰り返す歴史の中で、私たちは過去から学び、新しい未来を共に創っていかなければいけない時期に来ています。

自分が大切なら、他の誰かも大切にする。
誰かに大切な神様がいるのなら、その神様を理解してみる。

いっそのこと世界の神様で合同座談会でもしたらどうでしょう。キリストも仏陀やその他の大勢の神様にも参加してもらいたい。遺された書物は、本人が書いていないのだから。

大事な神様は、自然からすべてを学べる知恵のある世界中の賢いお母さん、おばあちゃんかもしれない。

 

この時代、誰が一番賢く優れているかは心で見る。

 

皆さんもそう思いますよね。美男美女でも、高学歴でも、お金を山ほど持っていたとしても薄っぺらい魅力のない人間性を信じる人は少なくなっています。裏も表も「言行一致」で人を思いやる魅力があり、世の中の進むべき方向性が正しい人に、人がついていくのは自然の理。

 

大切なのは私たちが正しいものを選ぶ目を持てるかどうか。

 

このままでは、誰も得しない世界情勢を変えるのは私たち一人ひとりの役目。上層部も一般人も、国ごと地域ごと自分の問題は自分で解決する。外国へ行ったって問題は増すばかり。

行き過ぎると自然にバランスが取れるようにできているMother Of Earth(母なる地球)。
善玉菌より悪玉菌が増え過ぎると、悪玉菌が衰退・滅亡に向かうのは自然の摂理。人間が作ったものはすべて自然から学んだ応用科学・化学に過ぎません。

 

今度フランスに行く時には、『名実ともに憧れの美しいフランス』であって欲しいと願っています。

誰が本当の神様かで喧嘩するより、武力で従わせる支配ではなく、肌の色、目の色よりも『世界から寄せられる心からの尊敬』で国を統治する。それがこれからの時代を築く本当の貴族だと願うのは、私だけではないはずです。

 

 

For World Peace.

“Sleepers Awake ” J.S. Bach  ,   Cantata BWV 140&645

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中